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山形地方裁判所酒田支部 昭和47年(ワ)20号 判決

原告 渋谷弥作

原告 渋谷米子

右両名訴訟代理人弁護士 加藤勇

被告 渋谷満

右訴訟代理人弁護士 脇山淑子

脇山弘

主文

一、被告は原告両名各自に対し、各金二三四万九、二六八円及び内金二一四万二、八四一円に対する昭和四七年四月一日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二、原告らその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

原告ら代理人は「被告は原告両名に対し各金二七九万七、八三四円及び内金二五五万八、一八〇円に対する昭和四七年四月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として

一、次の交通事故が発生した。

(1)  時期   昭和四六年五月三日午後二時四〇分頃。

(2)  場所   酒田市大字落野目字新田一〇六番地付近、国道四七号線道路上。

(3)  加害車輛 普通貨物自動車(山形一一さ二九号)、運転者、保有者とも被告。

(4)  被害者  渋谷しず(当時四歳七ヵ月)。

(6)  態様   被告運転の加害車輛が右国道左側を酒田市両羽橋方面に向い進行中、路上の被害者に衝突。

二、右事故により、被害者訴外渋谷しずは、頭部外傷の負傷をし、これにより事故の同日午後六時四五分頃酒田市千石町二丁目三番二〇号市立酒田病院において死亡した。

三、亡しずは原告らの長女であり、原告弥作は父、原告米子は母である。

四、本件事故の当時、被告は自己のため加害車輛を運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法第三条により、亡しずの負傷、死亡による損害を賠償すべき責任がある。

五、損害

(1)  入院医療費金二万一七円

右は、原告らが市立酒田病院に支払ったものである。

(2)  葬儀費金二一万七、六四〇円

右は、原告らが執行し支出した葬儀の諸費用である。

(3)  逸失利益金四五一万八、七〇四円

(ア)  亡しずは昭和四一年九月一五日生れの女子で死亡当時満四歳七ヵ月の健康体であり、本件事故がなかったならば、昭和四八年四月小学校に入学、昭和五四年三月卒業、同年四月中学校に入学、昭和五七年三月卒業して義務教育を終了できたものである。

(イ)  原告らの家庭は、農業を営み、原告弥作は電話工事請負業をも営んでいたので、比較的裕福であり、亡しずは、義務教育終了後同年四月高等学校に入学して昭和六〇年三月には卒業できたものである。

(ウ)  厚生省第一二回生命表によれば、四歳女子の平均余命は七〇・四二年であり、就労可能年数表によれば六三歳までが稼働可能年数である。

(エ)  亡しずは、高等学校を卒業してただちに昭和六〇年四月より、就職し、四五年間稼働し得たもので、本人の生活費を収入の五〇パーセントとし、ホフマン式計算法により逸失利益を算定すると、別表のとおり合計金四五一万八、七〇四円である。同表給与額欄は昭和四四年賃金センサス賃金構造基本統計調査(労働省労働統計調査部)第一巻統計表第一表年令階級別きまって支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額の企業規模計、女子労働者旧中・新高卒以上欄による。

(オ)  逸失利益を算定するにつき、女子労働者の平均賃金を基礎とし収入額固定方式により計算すれば、昭和四六年賃金センサス賃金構造基本統計調査(同前)第一巻第一表全産業女子労働者平均給与額による女子の平均月間きまって支給する現金給与額金四万一〇〇円、年間賞与その他の特別給与額金一〇万七、五〇〇円を用いて一年間の収入を算出すると金五八万八、七〇〇円となり、生活費五〇パーセントを控除した年間純収入額は金二九万四、三五〇円となるので、これをホフマン方式により、一八歳から六三歳まで四五年間の就労可能期間における逸失利益の四歳時に支払を受ける金額を算出すると金四九一万四、二八六円になる。

294,350円×(27.10479244-10.40940667)=4,914,286円

仮に養育費を一ヵ月金五、〇〇〇円とし四歳より一八歳までの一四年間の養育費をホフマン方式で算定した金六二万四、五六四円を控除するとしても、逸失利益額は金四二八万九、七二二円となる。

(カ)  逸失利益額算定につき、初任給固定方式により計算するならば、前記昭和四六年統計による一八歳女子の平均月間きまって支給する給与額金三万五、七〇〇円、年間特別給与額金五万七、五〇〇円を基礎にホフマン方式で算定される逸失利益額は、金四〇五万六、一四三円である。この初任給固定方式をとる場合は、養育費控除はなすべきではない。

(4)  慰藉料金五〇〇万円

原告らは、本件事故により最愛の長女を失ったもので、精神的損害を償う慰藉料額は各金二五〇万円をもって相当とする。(なお、慰藉料については、死亡者しず本人の慰藉料相続分は請求せず、民法第七一一条による原告両名固有の慰藉料としてのみ請求するものである。)

(5)  弁護士費用金四七万九、三〇八円

原告らは、法的知識もなく、本件訴訟手続をみずから追行することが困難のため、原告ら訴訟代理人弁護士加藤勇に訴訟を委任し、着手金として金七万円を支払ったほか、成功報酬として、弁護士費用を除く勝訴判決認容額の八パーセント相当金額を支払う旨約束したので、全部勝訴の場合原告両名の支払うべき成功報酬額は計金四〇万九、三〇八円である。

六、原告両名は、亡しずの逸失利益相当損害賠償債権を法定相続分により二分の一宛相続取得した。

七、原告らは、自賠責保険金四六四万円の支払を受けたので、これを前記(1)ないし(4)の損害に充当した。

八、そこで、原告両名は本訴により、被告に対し、それぞれ各原告一人当り次の金員の支払を求めるものである。

(1)  金二七九万七、八三四円(前記(1)ないし(4)の合計金九七五万六、三六一円より自賠責保険金四六四万円を控除した金五一一万六、三六一円と弁護士費用金四七万九、三〇八円の総合計金五五九万五、六六九円の二分の一)。

(2)  弁護士費用を除く前記損害金五一一万六、三六一円の二分の一の金二五五万八、一八〇円に対する本件訴状送達の翌日たる昭和四七年四月一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による損害金。

九、被告主張の過失相殺について

被告運転の加害自動車の進路前方の左方道路下から亡しずが道路に上ったこと及び被告が約五〇米前方の地点道路左端にしずを発見したことは認めるが、その余の被告主張を争う。

被告は、しずを発見した後、さらに西方に進行して前方約三七米の地点道路左端にしずが西の方を向いて立っているのを認めたのであるが、この時、しずは四歳の幼児で、加害自動車の進行に全く気がついていなかった状況にあり、このような幼児は、いついかなる行動に出るかわからないものであるから、運転者たる被告としては、しずの側方を通過するに当って、同女から目を離さず同女の行動に細心の注意を払い、同女が不測の行動に出た場合も事故の発生を防止できるよう十分な注意を払って運転進行すべきものである。しかも、しずは、衝突現場より東方約一九米のところに設けられているコンクリート階段を上って道路に出てから、道路左端を西に向って約一九米走った後、事故に遭ったものである。被告は、注意義務を怠り、同女から目を離して進行し、同女に衝突したのも気づかず進行を続け、また同女の後を他の二人の子供が追ってくるのにも気づかなかったのであり、しずの行動には全く注意を払っていなかったのである。

したがって、被告にはきわめて重大な過失があり、反面しずには過失がなく、被告の過失相殺の主張は採用すべきでない。

と述べた。

被告代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として

一、請求原因第一ないし四項は認める。

二、同第五項中、(1)及び(2)項は不知。(3)項の(ア)(イ)(ウ)は認める。同項の(エ)は争う。幼児の逸失利益の算定は、いかなる職業に就くのかいかなる生活を営むのか予測できない者について、あえて将来の収入を推計しようとするものであるから、抽象的、綜合的算定であり、特に損害額の定額化が要請される分野である。多くの裁判例では稼働期間を二〇歳から六〇歳までの四〇年間とし、収入額は稼働期間を通じて固定し、統計上の平均賃金を基礎として算定している。本件においても、女子労働者の平均賃金である平均月間きまって支給する現金給与額三万一、二〇〇円、年間賞与その他の特別給与額八万五〇〇円を基礎として算出すべきであり、定額化の現状に照らし、亡しずの場合は金三〇〇万円程度が妥当である。

さらに、年少者の死亡による逸失利益は、その者が死亡直前に抽象的に帯有する稼働能力の喪失自体を意味するものと解すべきであり、その金額算定に当っては、将来稼働すべかりし時期までに要する養育費を稼働能力取得のための必要経費として控除すべきである。

亡しずは、死亡後一六年を経た二〇歳から稼働期間を算定すべきものであるから、右一六年間に要する養育費として、月額五、〇〇〇円、年額六万円としホフマン式計算により、金六九万二、一七八円を控除すべきである。

60,000円×11.5363=692,178円

したがって、亡しずの逸失利益額は前記約三〇〇万円から右養育費を控除した約二三〇万円が相当であり、原告らの請求は過大である。

三、請求原因第五項の(4)項(慰藉料)は争う。慰藉料額は常識的に三〇〇万円が相当であり、原告ら請求の五〇〇万円は過大である。

四、請求原因第五項の(5)項(弁護士費用)は不知。

五、同第六、七項は認める。

六、過失相殺

(1)  被告は、加害自動車を運転して時速約四五粁で進行中、約五二米前方の左方道路下から亡しずが道路上に上ってくるのを発見したので、警音器を二回吹鳴し、時速約四〇粁に減速した。二回目に警音器を吹鳴したとき、しずは道路左端に立って停止していたので、被告は、同女が加害自動車の接近に気づいて避譲したものと思い、進行を継続したところ、しずは、突然進路上に飛び出して右自動車左側方に接触し、はねとばされたものである。被告は、しずを発見してからその動静を注視していたが、しずが飛び出したときは、被告から死角となって見ることができず、避ける余地がなかった。

(2)  亡しずには、被告の警告を無視して加害自動車の進路に飛び出した重大な過失がある。仮にしずが四歳の幼女であるため事理弁識能力がなかったとしても、両親である原告両名についてかかる交通頻繁な国道附近で同女を遊ばせていた点に監護上の重大な過失がある。

したがって、本件においては、被害者側の過失を七〇パーセントとして責任額を減ずべきである。

と述べた。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、原告ら主張の請求原因第一ないし四項、第五項(3)の(ア)(イ)(ウ)及び第六、七項は、いずれも当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫によると、原告らは本件事故による亡しずの入院医療費金二万一七円を市立酒田病院に支払ったことが認められる。

≪証拠省略≫によると、原告らがしずの死亡により支出した葬儀(忌日法要を含む)の費用額は合計金二一万五、九四四円であることが認められる。(≪証拠判断省略≫)

右入院医療費金二万一七円及び葬儀費金二一万五、九四四円の支出は本件死亡事故と相当因果関係のある原告らの損害と認められ以上の認定を動かすに足りる証拠はなく、また、葬儀費については、右認定の金額を超える支出の事実を認めることのできる証拠はない。

三、(逸失利益について)

逸失利益に関する前記当事者間に争いのない事実及び≪証拠省略≫によれば、しずは死亡当時満四歳七ヵ月の健康な女児であり、本件事故がなかったならば、昭和六〇年三月には満一八歳で高等学校を卒業して就職したものと認められ、統計上の就労可能年数である満六三歳までの四五年間稼働できたものということができる。

原告らの請求は、就職稼働先での昇給等の収入変動を前提として年令階級別に統計上の高校卒全企業規模計の女子労働者平均賃金に基き算定する逸失利益額である。

しかし、しずが高校卒業後いかなる種類、内容の業務に従事していくばくの収入を得るか、またその職場での就労がいつまで継続するかの点は、将来の未定のことに属し、職種によって、必ずしも高校卒雇傭労働者のように若年令より中高年令になるに従って給与収入が上昇するとは限らず、さらに就職後婚姻等により中途で退職して家事労働や農業商業等の自営の業務に従事すること(この場合でも、それらの労働に従事できないことによる財産上の逸失利益は存するものというべきである。)の可能性も少なからずあり、確実な将来の予測をなしうる証拠はない。

かかる場合は、統計上の平均賃金により逸失利益額を推計すべきものではあるが、殊に婚姻等による中途退職後、家事労働や自営業務に従事する可能性を考慮すれば、学歴別の昇給等による変動を前提とした年令区分毎の給与による算定は不相当であり、むしろ死亡当時における全産業女子労働者の(学歴、年令及び企業規模各計の)平均賃金額をもって算定の基礎とするのが相当である。≪証拠省略≫によれば、政府の賃金構造基本統計調査賃金センサス第一巻第一表による昭和四六年度における全産業女子労働者平均給与額は、きまって支給する現金給与額月額四万一〇〇円、年間賞与その他の特別給与額年額一〇万七、五〇〇円であり、一年間の給与額合計は金五八万八、七〇〇円となり、生活費五〇パーセントを控除した年間純利益額は金二九万四、三五〇円であることが認められ、一八歳から六三歳までの四五年間における全逸失利益を死亡当時に発生した損害として一括算定するため、ホフマン式計算法により法定利率年五分の割合による中間利息を控除すると、五九年間(四歳から六三歳まで)の年金的利益の当初における現価から一四年間(四歳から一八歳まで)のそれを控除したもの(利率五パーセントの期数五九と期数一四との各年金的利益現価率の差を期末利益額に乗じたもの)すなわち

294,350円×(27.10479244-10.40940667)=4,914,286円

金四九一万四、二八六円(円未満切捨)となる。

ところで、亡しずの逸失利益は、高校卒業後の一八歳以降に得べかりしものであって、一八歳に達するまでのしずに対する養育費は、右逸失利益を得るための経費の性格を有し、また死亡により支出を免がれた費用であるから、これを控除すべきであり、その金額は月額五、〇〇〇円(年額六万円)が相当であり、四歳から一八歳までの一四年間の四歳時における現価をホフマン式計算法により算出すると

60,000円×10.40940667=624,564.4002

金六二万四、五六四円となる。

したがって、右養育費を差引いた純逸失利益額は金四二八万九七二二円である。

四、(被告主張の過失相殺について)

(1)  ≪証拠省略≫によると、次の各事実が認められる。

本件事故現場付近の国道四七号線道路は、堤防状をなし、両側の土地より高く、ほぼ直線で見通しの良いアスファルト舗装道路であり、加害車の進行車線側(南側)の幅員は、道路中央線より(外側線と路肩との間〇・七米を含めて)四・一米である。

加害車としずとの接触地点付近の東方(加害車の進方より見て手前)約一九米の南側(左側)路肩直下より道路堤防下まで、道路とほぼ直角に交り下降する長さ八・四米の傾斜の急な歩行者専用コンクリート製階段が設けられている。

右階段に連続する小路を経て道路より約四〇米の距離に原告ら及びしずの住家がある。

本件事故当時は晴天で路面は乾燥していた。

本件事故の前、しずは自宅近所の柿崎民市方の庭で、遊び友達の柿崎徳充(小学校一年生、六歳四ヵ月の男児)及び柿崎律子(女児)の両名と遊んでいたところ、突然その場から駈け出し、路を約八〇米走って前記コンクリート階段に至り、これを登って本件道路上に出て道路南側端に沿い西方(加害車進行と同一方向)へ約一九米走った後立ち止ったが、その間、徳充、律子両名もしずを追って走り、前記階段を登ってその上から直線距離約六・一米(国道路面までの垂直の高さ約三・七米)の地点に達したのであるが、その時しずは、立ち止って道路下を見おろし、徳充らが階段上を追って来るのを見た後、道路中央方向へ移動し、たまたま進行して来ていた加害車の左側面と接触した。

加害車が事故現場にさしかかった時一〇〇米位前方に先行車があり、加害車は毎時四五ないし五〇粁位の速度で西方へ走行して来たところ、被告は、しずを発見して速度を毎時五粁位減じ(時速四〇ないし四五粁)、間をおいて二回警笛を鳴らし、しずが加害車に気づいた様子を示さなかったけれども、漫然、同女と接触することはないものと思い、そのまま進行を続けて接触し、しずは路肩付近に転倒した。

加害車の助手席(左側)に同乗していた訴外木下岩夫は、最初の警笛を聞いて左前方を見たところ、しずが道路上に立って道路下を見おろしており、徳充らが階段を登っており、右三児の様子は「鬼ごっこ遊び」をしているような状態に見えた。木下は、加害車がしずのいた地点を通過した際にしずが進路に入った気配があり、不安を感じて振返り、接触を知って被告に知らせた。

被告は、木下から知らされて初めて接触事故を知ったもので当時対向車輛もなかったが、何の避譲措置もとらなかったし、また徳充、律子の両名の存在にも気づかなかった。

以上の認定を動かすに足りる証拠はない。

(2)  ≪証拠省略≫によると、本件事故八日後の昭和四六年五月一一日警察官に対し木下が供述した調書には「しずが進路に飛び出したような気配があった」旨の記載があり、その後同月一八日同一の警察官に対し徳充が供述した調書には「しずは道路を横切ろうとして走ったようだ」との記載があり、また≪証拠省略≫によると、被告を起訴した略式命令請求の起訴状の公訴事実には、しずが「道路中央に向って飛び出した」旨の記載があり、さらに≪証拠省略≫によれば、本件事故当日警察官施行の実況見分調書の記載では、被告の指示による加害車の接触時における左側面の位置は外側線より一米(路肩より一・七米)内側とされ、しず転倒地点は、被告の指示では外側線の外側道路内〇・四米、徳充の指示では路肩より道路外〇・四米の各地点とされている。

しかし、木下は、気配を感じた程度であって接触状況を目撃したものとはいえないし、徳充は、六歳の児童で、階段を登りながら斜め左上の道路上での事故を見たのであるから、同児の身長を仮に一米とすると、道路面と同児の眼の高さとの間には二・七米以上の落差があることになるので正確な接触状況の目撃は不可能であり、同児の前記供述は、むしろ想像の範囲内に属し、また、この供述部分は、被告の同乗者木下(≪証拠省略≫によると被告と親しい友人関係にある者と認められる。)の前記供述がすでになされた七日後に、同一の警察官の取調べに対するもので、年少児童の供述が質問方法によっては容易に質問者の保有する判断に影響されて仰合する傾向にあることを考慮すれば、そのまま採用し難いところである。(なお、徳充の供述調書には立会人の有無の記載及び立会人の署名捺印はない。)

したがって、しずが加害車の進路に飛び出した可能性は多分に存するけれども、幼児でなくとも精神力の弱少な者は接近して通過する自動車があるときは、恐怖、驚愕により、身心の平衡を失い、転倒したり巻き込まれたりすることがあり、本件の場合もその蓋然性を否定できないことを考慮すると(被告が警察官の実況見分において指示したところによっても、通過した加害車としずの立っていた位置とは一米程度の間隔があっただけと考えられる)、証拠上、しずが積極的に加害車の進路に飛び出したものと断定することはできない。(なお、刑事被告事件における公訴事実では、最も被告人に有利な場合の可能性を採り、過失を控え目に認定して、しずが飛び出したものとしたことは首肯できる。)

そうすれば、具体的な接触の状況を証拠上確認できない本件においては、しず自身の過失の有無及び程度を知ることができないのみならず、仮に道路中央に飛び出したとしても、僅か四歳七ヵ月の思慮分別に欠ける幼児であるしずには、本件接触事故に関し、事理を弁識してこれに基き行動して危険から身を守る能力を有しなかったものというべきである。

(3)  一方、被告の過失を検討すると、≪証拠省略≫によれば、警察官(同年五月一一日付)及び検察官(同年八月六日付)に対する各供述調書における被告の供述では、被告は最初しずを発見したとき、赤色の服装の幼女が路肩下から道路に這い上ろうとしているものと見て、警笛を鳴らし、さらに一五米位進行して、その幼女(しず)が這い上った付近の道端に西方を向いて立っているのを見て二度目の警笛を鳴らし、しずがいずれの警笛にも振り向かず加害車の接近に気づかない様子だったけれども、進路に出て来ることはないと思い、そのまま進行して通過したというのであり、被告本人尋問においてもほぼ同様の陳述をし、また事故当日施行の警察官による実況見分において、被告の指示したしずのいた地点との距離関係は、一回目の警笛を発した時は五〇・〇五米、二回目のそれは三七・一米である(なお、右実況見分では、被告は、二回目の警笛を発した時しずは西方へ歩いていたと説明している)。

しかし、前記認定のように、しずは道路へ上ってから西へ約一九米路上を走って接触地点付近に至ったのであるところ、加害車の速度は、毎秒一〇米をこえるものであること(時速四五粁で一二・五米、時速四〇粁で約一一米)からすれば、しずの約一九米走る時間を比較的速く一〇秒と仮定しても、被告は一〇〇米以上加害車の走行する前後にしずを見ていることになり被告が前方注視を怠らなければ、道路下から出て来た幼女しずが道路左側を同一方向に走るのを容易に見ることができた筈である。

さらに、≪証拠省略≫によると、助手席に同乗の木下は一回目の警笛を聞いた後に左前方を注視した際(加害車が或る程度事故現場に接近していた時期と思われるが)、しず及び徳充らを発見して「鬼ごっこ遊び」をしているものと判断したのであるが、加害車内から進行左側の道路南側斜面を見通すことができる時期は、助手席に居る者よりも運転席に居る者の方が早いことが認められるのに、前示のとおり被告は徳充らには全く気づいていなかったのである。

これらの点と前認定の諸事実とを綜合すると、被告は、しずを発見しながら、殆んどこれを意に介さず、終始しずの動静に注意を払わず進行し、事故現場を通過したものと認めることができる。

以上の認定を覆すに足りる証拠はなく、被告の本件事故発生の原因となった過失は重大というべきである。

(4)  被告は、しずの両親で監護者である原告らに、交通頻繁な国道付近でしずを遊ばせた点において、監護上の過失があると主張する。

≪証拠省略≫によると、しずは原告らの第三子(末子で長女)であるが、原告らは平素しずに対し国道で遊ばないよう注意を与え、しずが戸外で遊んでいるときはしずの祖母が監視するようにしており、本件事故当日も祖母がしずに附添っていたが、柿崎民市方(律子方)の庭内で徳充らと遊ぶようになったため、しずをそのままに祖母が一時帰宅している間に、本件事故が発生したものと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、当時四歳七ヵ月のしずの年令の幼児は、一般に、自我発達の過程において第一次反抗期を経過し強い独立行動の意欲を発揮する時期に当り、その行動を抑制することが困難であるとともに自主性を養わせるに重要な生育期である。この時期の幼児を危険から遠ざけるためには、単に言語をもってする説得の方法だけでは十分な効果を上げるのは甚だ困難であり、監護者として完全な実効を期するには、幼児に対し、有害な精神的衝撃を与えるまでの極度の恫喝を加えるか、または自主性の発達を阻害することをいとわず常時つきまとって過度の干渉を行なうほかにつく、かような監護方法を措るよう要求するのは社会的に不相当であり、かつ不能を強いるものである。そして幼児は、すべて、心身の健全な発育を目標として、それにふさわしい内容の養育を受ける権利があり、国道付近に居住する幼児といえども、前記のような恫喝や過干渉を甘受しなければならないものではなく、同時に、その監護者も幼児の健全な発育のため相当な養育方法をとるべきものである。

その反面、一般社会人は誰でも、次代を継承する幼児を保護しその健全な生育を助けるべき社会的責務を有するものであり、自動車運転者もその例外ではない。

したがって、幼児の道路における一人遊びの際の交通事故遭難につき、たやすく常に監護者の監護上の過失を認めるべきものではなく、監護者同伴の他出中の事故や国道に面する住家に居住し常時高度の危険にさらされている幼児の事故とは、事情を異にする本件においては、原告らの前記認定の程度の監護方法をもって十分な監護を行なっていたものというべきである。

(5)  以上のとおり、亡しずには、責任能力がないのみならず、しず自身の過失を証拠上認めることができず、また、前記の被告の過失の程度と対比し、監護上の過失をもってする過失相殺をなすべき場合にも該らないから、被告の過失相殺の主張は採用できない。

五、原告両名はそれぞれ、前認定の逸失利益合計金四二八万九、七二二円相当の財産上の損害についてしずの相続人として各二分の一の割合により被告に対し各金二一四万四、八六一円の損害賠償債権を取得し、また前認定の医療費と葬儀費計金二三万五、九六一円の各二分の一金一一万七、九八〇円相当の損害賠償債権を取得したものということができ、右債権金額は原告各自につき合計金二二六万二、八四一円となる。

六、(慰藉料)

本件事故の状況、結果を含む一切の事情を綜合考慮し、亡しずの同居の両親たる原告両名の財産外の損害(精神上の損害)の賠償として被告より支払うべき慰藉料額は、原告各自に対し各金二二〇万円をもって相当と認める。

七、以上により原告両名のそれぞれ取得した損害賠償債権(各金四四六万二、八四一円)に対し、原告らにおいて損害填補を自認する自賠責保険金計金四六四万円(原告一名当り金二三二万円)を控除すれば、残額は原告各自につき各金二一四万二、八四一円となるので、被告はそれぞれ右各金額を賠償すべき義務があり、その支払請求が認容されるべきである。

八、≪証拠省略≫によると、本件事故後、原告らから被告に対し損害賠償を請求して示談交渉をなした際、被告は自賠責保険金で填補された残りの損害の賠償を拒否したため、原告両名は、弁護士たる本件原告訴訟代理人に訴訟委任して本件訴訟を提起追行するに至ったが訴訟委任の際、原告らは同代理人に対し、着手金として金七万円を支払ったほか、勝訴の場合、弁護士費用を除く勝訴額の八パーセントの金額を成功報酬として支払うことを約束した事実が認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

したがって、右約束に基く成功報酬額は(原告一名につき)金一七万一、四二七円となり、着手金七万円(原告一名につき三万五、〇〇〇円)を加えた弁護士費用は各金二〇万六、四二七円となる。ところで、本件においては、本件事故に起因して訴訟提起に至る事情、訴訟の内容、経過に徴し、勝訴額(弁護士費用を除く)の一〇パーセントの範囲内における弁護士費用金額は相当因果関係ある損害と認めるのが相当であり、前認定の原告らの弁護士費用額金二〇万六、四二七円は、右損害の範囲内のものとして、被告はこれを賠償すべき義務がある。

九、よって、原告両名の本訴請求は、原告各自につき、被告に対し各金二三四万九、二六八円及びそのうち弁護士費用を除く金二一四万二、八四一円に対する損害発生後である昭和四七年四月一日(原告請求に係る本件訴状送達の翌日たること記録上明らかである。)以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度において、正当としてこれを認容すべく、その余を失当として棄却すべきものとし、民訴法九二条但書一九六条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺惺)

〈以下省略〉

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